誤解

金子テルはいくつかの誤解に悩まされたが、中でももっとも深刻だったのは、弟正祐に恋愛対象にされてしまったことだった。おさない頃に養子にもらわれていったから、その事実を知らないのは当人だけで、まわりは店員も含めてみんな知っていることだったが、あくまでもそれを隠し通そうとするところに、テルが同居人になったから火が付いてしまったのかも知れない。けれども義父に固く口止めされているから、それを理由に諦めさせることもできずに、ずいぶんと悩ましい日々を送ったことだろうと思う。

数あるみすゞ本の中で、店員の宮本啓喜と結婚したことがそもそもの不幸の始まりで、女癖の悪い宮本との結婚は政略的なもので、テルに愛情はなかったと書いてあるものが多いが、私の本の中では別な書き方をしている。それはともすれば本の中にだけ真実があると思い込み勝ちで、他の何人もに敬遠されたテルは、ちょっとした色男の宮本に悪い感情は抱いていなかったとの解釈で、それは母親も同じような見立てをしている。だから最初はそれなりに幸せな新婚生活を送ったと書いたが、それは間違ってはいないのだろう。ただ少しばかり景気がよくなっての女遊びの結果として、性病を移されたことは不幸だった。

宮本に詩作を禁じられたとする本も多いが、私は宮本の嫉妬心から、正祐への手紙を書くことを禁止したついでに作詩も禁じたとの説をとった。このように、いくつかの点で従来の通説をひっくり返しているが、みなさんはどちらがピンとくるだろうか。

0コメント

  • 1000 / 1000

金子みすゞ 金子みすゞさんのことを書きました。わかれ童謡(うた)追憶のみすゞ

金子みすゞさんが生前発表した100作品を網羅、母と娘のまなざしをも通して生涯を綴る。 金子みすゞの魅力を、力不足を知りつつも書いてみたいと思いました。 仙崎、下関、青海島など取材、著作権があるから勝手にはさせないぞと主張する某出版社の妨害にも負けずに、 A5版220ページの本ができました。 自費製本ですので、応援する意味を込めてご注文願えるとありがたいです。