10章 追憶のみすゞ

 

 いつ始まったかも忘れてしまいそうな中国との戦争がだらだらと続き、連合軍のアメリカにも宣戦布告して2年になる戦時下の下関で、房枝が女学校を卒業したのが昭和18年の春だった。

 すぐに徴用に狩り出された彼女は、しばらくして下関市の交通公社に入社、今日は初めて貰った給料袋をそっくり祖母のミチに渡していた。

 ミチはそれをありがたく押し頂くと、テルの位牌の前に供えた。そしてさもそこにテルがいるかのように、静かに語り始めた。

(‥‥テルや、ふうちゃんが、交通公社さんにお勤めして、今日はお給金をいただいてきましたよ。ホラ、こんなにたくさん‥‥)

 ミチは仏前の給与袋を、テルが見えるように高く持ち上げて元に戻した。

(‥‥今まで、ふうちゃんの母親代わりをつとめてきたけど、もうこれで充分でしょ。ふうちゃんも一人前になったことだし、だから今日は、今まで黙っていたことも一緒に全部報告しますからね。‥‥あの日は、私も気が動転して‥‥)

 ミチの思いは、一気に13年前の3月10日に飛んでいた。朝になってもテルが下りて来ないのをいぶかしく思ったミチは、二階に上がってすぐに異状に気づいたが、その第一声は「正ちゃん、お医者様を、熊本先生を連れてきてーっ」というものだった。

 フジの下の妹の子だから、ミチの甥に当たる花井正は、「テルちゃんが、やったあーっ!」との絶叫も聞いて、婦人科の熊本先生ではなく、胃洗浄のできる医者に診てもらわなくては駄目だとは思ったが、奉公人の立場としては自分の判断で勝手なことはできなかった。かかり付けの熊本医師が駆けつけてくれたが、処置はできなかった。

(‥‥あのあとで、すぐに胃の中を洗っていたら助かったかも知れないと言う人もいたけど、どっちがよかったのかねえ‥‥)

 自分らの前では懸命に大丈夫なふりを演じるものの、それでもかなり病気が進行して体をむしばんでいるのを知って、ミチは自らのことのように心を痛めていたから、もしもあの時に処置をして一命を取り止めたとしても、それがテルの望むところだったろうかとずっと悩み続けてきた。それは答えの出るはずのないことだったが、房枝の成長を見届けたことで免罪符のようなものが貰えた気がした。

(‥‥ありがとう、あれで、よかったんだね‥‥)

 ミチは房枝の後見役から解放されると同時に、テルに対しての原罪めいた思いからも解き放たれて嬉しかった。

 次の日になって宮本が、人を通じて、テルに逢わせてくれと言ってきたが、松蔵もミチも堅助も反対する中で、ひとり正祐だけが許そうと言っている。

(‥‥そうしたらテルちゃん、ふうちゃんが、宮本さんの顔を見るなり「お父ちゃーん」て抱きついていったんよ‥‥)

 母親が見えない理由をはぐらかされていた房枝は、父親に抱かれてテルと対面している。

「お母ちゃん、こんなとこでねんねしてた、いけませんよ、夜になってから、ねんねするのよ」

 宮本に無理に引き離されると、房枝はまだ母の死が理解できずに、あどけない表情で言った。

「お母ちゃん、どっか行くなら、ぶうちゃんもつれてって‥‥」

(‥‥みんな泣いてたよ、ふうちゃんだけ飲み込めずに、連れてってなんて言うもんだから‥‥)

 宮本は房枝を抱いたまま、一緒に連れて帰ると宣言し、「もしこちらで引き取りたいのなら、それなりの」と言いかけたところで、正祐が激怒した。

「わかった、ふうちゃんは連れて行け。その代わり、今後一切のかかわりを切る」

 そして正祐は、テルに涙の報告をしている。

「テルちゃんの思いを無にする形になって、ごめん。でも取り合いをするには、あまりにもふうちゃんが可哀想で‥‥」

 その思いは、残されたみんなに共通したものだった。なにも知らない純真な房枝を、あまりにも露骨に取引の材料にするのは情として耐えられなかった。

 下関で火葬にされたテルの遺骨は、ミチの胸に抱かれて仙崎に帰っている。金子家菩提寺の遍照寺には、祖母ウメ、叔母フジを埋葬した新しい墓があるが、テルの遺骨はそこではなく、ふたつ隣の小ぶりなお墓に納められた。

 先祖累代納骨墓とある墓石には、石見屋又右衛門と刻まれているが、側面には明治三十九年二月十日・俗名金子庄之助とも記されているから、テルはおさなくして亡くした父親と同じ場所で眠ることになった。

(‥‥お父ちゃん、テルがそっちに行きましたよ。色々あって、テルちゃんなりにがんばったんよ。最期にはふうちゃんを守るために、自分の命まで捧げたんだから、どうか怒らんでやって、どうか、ようがんばったと褒めてあげて、小ちゃい時みたいに頭を撫でてやって下さいね‥‥)

 そんなふうに語りかけながら、ミチは仙崎の早春の風に吹かれて、いつまでも墓前に手を合わせていた。




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金子みすゞ 金子みすゞさんのことを書きました。わかれ童謡(うた)追憶のみすゞ

金子みすゞさんが生前発表した100作品を網羅、母と娘のまなざしをも通して生涯を綴る。 金子みすゞの魅力を、力不足を知りつつも書いてみたいと思いました。 仙崎、下関、青海島など取材、著作権があるから勝手にはさせないぞと主張する某出版社の妨害にも負けずに、 A5版220ページの本ができました。 自費製本ですので、応援する意味を込めてご注文願えるとありがたいです。